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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)663号 判決 1988年3月30日

控訴人

東京トヨペット株式会社

右代表者代表取締役

都筑恵一

右訴訟代理人弁護士

萬羽了

関口裕

被控訴人

株式会社リアック渡辺建築事務所

右代表者代表取締役

渡邉健二

被控訴人

渡邉健二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決主文第二、三項を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金二二〇万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一二月七日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え(反訴請求)。

3  反訴についての訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被控訴人ら

控訴棄却の判決

第二  当事者の主張

一  控訴人の反訴請求原因

1  オート江古田インターナショナル有限会社(以下「オート江古田」という。)は、昭和五七年一一月二六日、被控訴人株式会社リアック渡辺建築事務所(以下「被控訴会社」という。)に対し、原判決添付物件目録(二)記載の自動車一台(以下「本件自動車」という。)を左記の約定で売り渡した(以下「本件売買契約」という。)。

(一) 売買代金 金二九六万四九五二円(割賦手数料等を含む。)

(二) 支払方法

頭金 金二二万七二八〇円

賦払金 金二七三万七六七二円

昭和五八年一月から同六〇年一二月まで毎月六日限り金七万六〇〇〇円(ただし、初回のみ金七万七六七二円)宛支払う。

(三) 自動車の購入が買主にとって商行為である場合には、買主は、賦払金の支払を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を失い、残債務金額及びこれに対する年29.2パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

2  被控訴人渡邉健二は、右契約当日、被控訴会社の前記売買代金債務を連帯保証した。

3  オート江古田は、右契約当日、控訴人に対し、被控訴会社に対する前記金二七三万七六七二円の賦払金債権を譲渡し、被控訴人らは、これを異議を留めることなく承諾した。

4  被控訴会社は、昭和五八年一二月分以降の賦払金の支払をしない。

5  よって、控訴人は、被控訴人らに対し、連帯して右売買残代金二二〇万四〇〇〇円及びこれに対する期限の利益を失った日の翌日である昭和五八年一二月七日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  反訴請求原因に対する認否

反訴請求原因1の事実のうち、本件自動車が被控訴会社に引き渡されたことは否認するが、その余の事実及び同4の事実は認め、同2及び3の事実は否認する。なお、同1(三)の約定の適用は争う。

三  被控訴人の抗弁

1  本件売買契約には、賦払金の完済に至るまで本件自動車の所有権を売主に留保する旨の特約が付されており、本件自動車の登録上の所有者はオート江古田となっていた。

2  しかるところ、オート江古田は、昭和五八年一二月一日、本件自動車の所有権を第三者に譲渡し、これに伴って登録上の所有者名義も移転してしまったため、オート江古田の被控訴会社に対する本件自動車の所有権移転義務は履行不能となった。

3  そこで、被控訴会社は、右同日ころ、オート江古田に対し、債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

4  控訴人は、前記の債権譲渡の当時、譲り受けた債権が自動車の所有権留保特約付き売買契約上の賦払金債権であることを知っていた。

したがって、被控訴人らが前記の債権譲渡について異議を留めない承諾をしたとしても、被控訴人らは、本件売買契約の解除をもって控訴人に対抗することができるというべきである。

四  抗弁に対する認否及び控訴人の主張

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2のオート江古田が本件自動車の所有権を第三者に譲渡し、登録上の所有者名義も移転した事実は認める。

しかし、これは被控訴会社がオート江古田に本件自動車の売却処分の斡旋を依頼したことによるものであり、右の処分は被控訴人らの了解のもとに行われたものである。

また、被控訴会社がオート江古田に依頼したのがレンタルの斡旋であるとしても、被控訴会社は、自己の資金上の都合からレンタルの斡旋を依頼し、本件自動車及び自動車検査証をオート江古田の手にゆだねて履行不能を生じる原因を自ら作出したのであるから、履行不能によるリスクは被控訴会社において負担すべきものである。

3  抗弁3の事実は知らない。

仮に解除の意思表示がなされたとしても、右の事情が存在する上、被控訴会社はレンタル料の前払まで受けているのであるから、売買契約の解除は信義則に反する。

4  抗弁4については、控訴人が被控訴人らの主張する事情を知っていたことは認めるが、被控訴人らが本件売買契約の解除をもって控訴人に対抗することができるという点は争う。

本件売買契約の解除の原因である前記履行不能の事実は、被控訴人らが債権譲渡の承諾をなした後に生じた事由であって、もともと控訴人に対抗し得るものではない。

仮にこれを控訴人に対抗し得るとしても、被控訴人らは債権譲渡について異議を留めない承諾をしたのであるから、契約解除の抗弁を喪失したというべきである。

そして、本件における履行不能は、抗弁1のような事情が存するだけでは法律上生じ得ないものであり、前記のとおり、被控訴人らがその自由意思によりオート江古田にレンタルの斡旋を依頼し、本件自動車及び自動車検査証をゆだねた事実そのものが、正に履行不能を生じた原因というべきである。控訴人はこのような事実は全く知らないところであったので、契約解除の原因そのものが存在することを知っていたとはいえず、悪意として保護されないということにはならない。

第三  証拠<省略>

理由

一反訴請求原因1の事実のうち、本件自動車の引渡しの点を除く、オート江古田と被控訴会社との間における本件売買契約の成立の事実、及び同4(被控訴会社の賦払金の支払遅滞)の事実は、当事者間に争いがない。

そして、「車名・型式・年式」、「車台番号」、「登録番号」に関する記載部分を除いて成立に争いのない乙第一号証の一(右各記載部分を除く。)、<証拠>を総合すると、反訴請求原因2の事実(被控訴人渡邉健二の連帯保証)及び同3の事実のうち、オート江古田が昭和五七年一一月二六日に控訴人に対して金二七三万七六七二円の賦払金債権を譲渡し、被控訴会社がこれを異議を留めることなく承諾した事実を認めることができ、この認定を履すに足りる証拠はない。なお、反訴請求原因3の事実のうち、連帯保証人である被控訴人渡邉健二が右の債権譲渡を異議を留めることなく承諾した事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

二そこで、オート江古田の債務不履行に基づく本件売買契約の解除を主張する被控訴人らの抗弁とこれに対する控訴人の主張について検討する。

1  抗弁1の、本件売買契約に所有権留保の特約が付されており、本件自動車の登録上の所有者がオート江古田となっていた事実は、当事者間に争いがない。この事実と前記反訴請求原因1の事実にかんがみると、本件売買契約が成立したことにより、買主である被控訴会社は前記の売買代金の支払義務を負うことになり、売主であるオート江古田は、賦払金の完済時に、被控訴会社のため本件自動車の所有権移転の対抗要件である登録手続をなすべき義務を負うことになったものと解される。

そのほか、本件売買契約の成立によりオート江古田は本件自動車引渡しの義務をも負担したものであるが、後記のとおり、被控訴会社は本件売買契約の成立後間もなくオート江古田に本件自動車のレンタルの斡旋を依頼しているところであるから、オート江古田は、そのころ被控訴会社に対し占有改定の方法により本件自動車の占有を移転し、右引渡義務の履行を終えているものというべきである。

2  抗弁2の、オート江古田が昭和五八年一二月一日に本件自動車の所有権を第三者に譲渡し、これに伴って登録上の所有者名義も移転した事実は、当事者間に争いがなく、この事実によれば、オート江古田の本件自動車の所有権移転義務は履行不能になったというべきである。

控訴人は、右は被控訴会社がオート江古田に本件自動車の売却処分の斡旋を依頼したことによるものであり、被控訴人らは右の処分を了解していた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記渡邉健二の尋問結果及び弁論の全趣旨によれば、被控訴会社は昭和五七年一二月中旬ころオート江古田に本件自動車のレンタルの斡旋を依頼し、これに本件自動車及び自動車検査証をゆだねて、二年分のレンタル料の前払を受けていたところ、オート江古田は被控訴会社に無断で前記のとおり本件自動車を第三者に処分してしまった事実を認めることができ、この認定を履すに足りる証拠はない。

もっとも、控訴人は、右のレンタルの斡旋依頼等の事情の存在を理由に、被控訴会社は履行不能を生じる原因を自ら作出したのであるから、履行不能によるリスクは被控訴会社において負担すべきものである旨主張する。しかしながら、被控訴会社がオート江古田にレンタルの斡旋を依頼し、これに本件自動車等をゆだねたことが、オート江古田の前記処分の一つの切掛けあるいは誘因となった面は存在するとしても、両者の間に相当因果関係が認められるものではないから、本件の履行不能は被控訴会社の責に帰すべき事由によって生じたものとはいい難い。

結局、本件の履行不能は、債務者であるオート江古田の責に帰すべき事由によって生じたものというべきである(したがって、オート江古田の本件自動車の所有権移転債務は損害賠償債務として存続することになり、これと対価関係に立つ被控訴会社の売買代金支払債務も契約の解除を経ることなく当然に消滅するものではない。)。

3  次に、抗弁3の事実につき検討するに、前記渡邉健二の尋問結果及び弁論の全趣旨によれば、被控訴会社は、昭和五八年一二月初めに手形不渡りを出して事実上倒産し、本件自動車についての賦払金の支払を続けることができなくなったことから、本件自動車を控訴人に返還して本件売買契約を清算しようと考え、そのころ、オート江古田に対し、顧客とのレンタル契約を解除して本件自動車を控訴人に返還するよう申し入れたが、オート江古田は言を左右にしてこれに応じなかったこと、被控訴会社は、昭和五九年二月ころになって本件自動車の登録上の所有者名義が第三者に移されたことを知り、オート江古田に対し、重ねて本件自動車を控訴人に返還するよう要求するとともに、返還ができないのであれば本件売買契約を清算したいとの意向を表明していたことが認められ、これらの事実によれば、被控訴会社は昭和五九年二月ころオート江古田に対して抗弁3の解除の意思表示をしたものと認定することができる。

控訴人は、前記のレンタルの斡旋依頼等の事情が存在することのほか、被控訴会社がレンタル料の前払を受けていることを理由に、売買契約の解除は信義則に反すると主張するが、レンタルの斡旋依頼は、本件売買契約とは別の被控訴会社とオート江古田間の(準)委任契約の関係であって、別個に清算すべき問題であるから、右の事情の存在を理由に本件売買契約の解除が信義則に反するということはできない。

4  そこで、債権譲渡に関する抗弁4とこれに対する控訴人の主張について判断を進める。

被控訴人らは、債権譲受人である控訴人からの賦払金の請求に対し、抗弁として、債権譲渡人であるオート江古田の債務不履行に基づく本件売買契約の解除を主張するものであるところ、控訴人の主張するように、実際に債務不履行が生じて本件売買契約が解除されたのは、債権譲渡の承諾がなされてから一年余り後のことである。ところで、債務者は、債権譲渡の承諾がなされた後に譲渡人について生じた事由は、もはや譲受人に対して主張することができないものであるが、本件においては、前記のとおり、本件売買契約の成立により債権譲渡前に既に反対給付義務である本件自動車の所有権移転義務が発生していて、将来これにつき債務不履行があれば売買契約が解除され賦払金債権も消滅するという双務契約上の牽連関係が成立していたのであるから、債権譲渡時に既に契約解除を生ずるに至るべき原因が存在していたものということができ、したがって、債権譲渡後に実際に生じた債務不履行を理由とする契約の解除であっても、債権譲渡の承諾がなされるまでに「譲渡人ニ対シテ生シタル事由」(民法四六八条二項)として譲受人に対抗することができると解される(最高裁判所昭和四二年一〇月二七日判決・民集二一巻八号二一六一頁参照)。

他方、被控訴会社が債権譲渡を異議を留めることなく承諾したことは、前記のとおりであり、このように債務者の異議を留めない承諾がなされた場合には、債務者は、右の「譲渡人ニ対シテ生シタル事由」を譲受人に対して主張することはできないことになるが(民法四六八条一項)、この場合でも、右の抗弁事由の存在を知っている悪意の譲受人に対しては、なお右の抗弁事由をもって対抗することができるものと解される。これを本件について見るに、控訴人が、債権譲渡の当時、譲り受けた債権が自動車の所有権留保特約付き売買契約上の賦払金債権であることを知っていた事実は、当事者間に争いのないところであり、この事実によれば、控訴人は、将来オート江古田に自動車の所有権移転義務につき債務不履行があれば売買契約が解除され賦払金債権も消滅するという牽連関係の存在、すなわち、契約解除を生ずるに至るべき原因の存在を知っていたものというべきであるから、結局、被控訴会社は、控訴人に対し、本件売買契約の解除をもって対抗することができるというべきである(前記最高裁判所判決参照)。

この点について、控訴人は、被控訴会社がオート江古田にレンタルの斡旋を依頼し、本件自動車等をゆだねた事実が正に履行不能を生じた原因であり、控訴人がこの事実を知らなかった以上、悪意の譲受人とはいえない旨主張するが、このような履行不能の一つの切掛けあるいは誘因にすぎない事情(前記抗弁2についての説示参照)を譲受人の善意・悪意を定めるに当たって考慮に入れるのは相当ではなく、譲受人としては、前記のような双務契約上の牽連関係の存在を知っている以上、将来債務不履行により契約解除という事態が生じ得ることを当然に予期すべきものであって、この場合に債務者からの抗弁事由の対抗を認めたからといって、譲受人の利益が不当に損なわれ、債権取引の安全が害されることになるとはいうことができない。

5  したがって、被控訴人らの抗弁は理由があるというべきである。

三以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する反訴請求はいずもれ失当であるからこれを棄却すべきであり、原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森綱郎 裁判官清水信之 裁判官河邉義典

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